東京地方裁判所 昭和52年(タ)166号 判決 1978年3月10日
原告 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 山川洋一郎
被告 ロイ・デ・ダナウ
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原被告間の未成年の子フメラ・デ・ダナウ(昭和四五年八月一四日生)の親権者を原告と定める。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一 原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のように述べ、立証として甲第一ないし第四号証を提出した。
(一) 原告は、昭和四四年一〇月ころ、バンドマンとして日本に在留中であった被告と知り合い、同年一一月ころから同棲するようになり、間もなく妊娠したため、原被告は翌四五年七月六日婚姻届を了して夫婦となり、同年八月一四日フメラ・デ・ダナウをもうけた。
(二) 被告は、在留期間が満了するため、新たな査証をもらいすぐに来日する旨言残し、同年九月三〇日離日したが、その後数回来日しながら原告のもとに帰らず、送金はおろか音信すらない。フメラは現在原告のもとで養育されている。
(三) 以上被告の行為は、悪意の遺棄に該当するものというべく、原告は被告との離婚を求める。もっとも、本件離婚の準拠法であるフィリピン共和国法には、離婚の規定はなく、離婚は許されないものと解されるが、原告が日本人であり、婚姻生活が専ら日本において行われ、しかも原告が悪意で遺棄された場合において、同国法を適用して離婚が許されないとすることは、法例第三〇条の公序良俗に反するものというべく、わが民法第七七〇条第一項第二号の規定により、原告の離婚請求は認められるものといわなければならない。
二 被告は本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされる答弁書によれば、「原告の離婚請求に異議はない。原告の請求原因のうち、被告が原告を遺棄したとの点を争い、その余は認める。被告は、日本で出演する契約を得られず、財政上困窮し、生活費等の支送りができなかったものである。」と記載されている。
三 当裁判所は職権で原告本人を尋問した。
理由
一 《証拠省略》によれば、原告の請求原因事実はすべて認められ、これに反する証拠はない。
二 本件離婚の準拠法は、法例第一六条によると、被告の本国法であるフィリピン共和国の法律によるべきであるが、同国法は離婚に関する規定を欠き、また法例第二九条による反致をも認めないものと解される。ところで右認定した事実によると、本件は、妻たる原告が日本の国籍を有して日本に居住しており、原被告間の婚姻の届出及びその後の婚姻生活も日本でなされていること、さらに、被告が原告を日本に遺棄した場合であるから、こうした場合にもなお夫の本国法を適用し、離婚の請求を認めないとすることは、実質上つながりのない夫の本国法により、原告を永久に拘束し、その幸福追及の自由を不当に奪い去ることに帰し、わが国における私法的渉外生活を規律する正義公平の理念に反し、かつ、善良な風俗にも反するものというべきである。
従って、本件の場合には、法例第三〇条によりフィリピン共和国法の適用を排斥し、法廷地法たる日本の民法を準拠法とすべきものと解する。
三 そうして、前記認定の事実によれば、被告の行為は、日本民法第七七〇条第一項第二号に該当することが明らかであるから、原告の本件離婚請求は理由がある。
四 次に、子の親権者指定について考えるに、離婚の場合の未成年の子の親権者の指定は、離婚を契機として生ずる問題ではあるが、その帰属も監護の内容、行使の方法とともに一体不可分として考えるべきであり、かつ、離婚原因発生後に夫の国籍が変わった場合に夫の過去の本国法によらせることが妥当でないことをあわせ考えると、法例第二〇条に規定する親子関係の準拠法によって処理すべきが相当である。そうすると、本件においては父の本国法であるフィリピン共和国法によるべきであるが、同国法には離婚を契機とする未成年の子の親権者指定の規定がないので、同国の法定別居判決の際における子の監護権者の指定に関する同国民法第一〇六条(3)の趣旨を類推して、裁判所が子の利益を考慮してこれを定めるのが相当であると解する。そして、前記の諸事情を考慮すると、原被告間の未成年の子、フメラ・デ・ダナウの親権者を原告と定めるのが相当である。
五 以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 竹江禎子 横山秀憲)